映画 茶屋。 名古屋茶屋の上映スケジュール:イオンシネマ

イオンシネマ名古屋茶屋(港)上映スケジュール・上映時間:映画館

映画 茶屋

珍妙な映画でした。 1956年、アメリカ(MGM)製作の劇映画。 沖縄を占領した進駐軍将校と村人たちがまき起こすコメディです。 私がこの映画を見てみたいと思ったのは、当時のアメリカ人(映画の作り手)の見た日本人、オキナワ、占領下の情況というものが、後から作られたドキュメンタリー映画などとは違ったセンスで感じられると思ったからです。 沖縄の地区占領軍隊長パーディー大佐の許に心理戦部隊のフィスビイ大尉(グレン・フォード)が赴任してきた。 彼は、首になりかけた通訳サキニ(マーロン・ブランド)を連れて任地トビキ村に向かった。 彼の仕事は村の人びとに民主主義を根付かせることと学校をつくることである。 村の住民達は、民主主義とはお米に不自由せず、皆が楽しむことと判って大喜び。 大尉は救世主に祭り上げられ、彼の前には贈物の山、その中には美人の芸者ロータス・ブロッサム(京マチ子)もいた。 大尉の意見で村の役員も選ばれた。 ロータスは、大尉が大変気に入ったが、真面目なフィスビイは驚いて逃げ回るばかり。 「民主主義の施行」はどうやら成功したが、学制の改革、学校を作ることはうまくいかず、結局お茶屋を作ることとなった。 (Movie Walkerより一部改変) 沖縄の描き方。 もっと南洋の島のおとぎ話のような村の風情です。 そこに突然現れる京マチ子の「芸者」や「お茶屋」は、戦後の欧米の劇映画に共通するエキゾチシズムとちぐはぐさ。 おそらく外国人が思い浮かべる当時の日本人のイメージなのでしょう。 設定は1946年なのに沖縄戦の影はみじんもありません。 描かれるオキナワの村の人びとは、進駐軍を解放軍としてとらえ「民主主義を教えに来た」という将校を大歓迎で迎えます。 その中に描かれる日本の村人はなかなかにしたたかです。 米軍将校と村人、芸者とのやりとりのちぐはぐさに加えて、マーロン・ブランドの演じた日本人通訳のいい加減な仕事ぶりに笑いのもとがあり、この映画がヒットしたという理由なのでしょう。 皮肉が効いていて十分に可笑しい。 お話の設定、そこで言おうとしていることはよくできていると思い、好感がもてました。 民主主義を日本人に教え、その社会に根付かせていこうと、単身、村の中に入って奮闘する「進駐軍将校」。 それが怪しげな通訳と村人たちによってとんでもない方に転がっていってしまうという話。 米軍、あるいは国の権力者から見たアメリカ軍の「使命」が空回りしているということに対する風刺とシニカルなセリフが効いていて、軍を笑いものにできる、ある意味での健全さを快く思いました。 元々が舞台劇だったといいます。 当時、この劇は欧米では大評判だったそうです。 どういうところを、欧米の人びとはこの映画を見て、快哉を叫んだのでしょうか。 舞台は1953年初演、朝鮮戦争を経て、赤狩り(レッドパージ)の嵐がようやくおさまったとはいえ、冷戦がまだ続いていた時期です。 アメリカ軍のあるいは政権の意図、建前を笑い飛ばすしたたかさを感じます。 そこに、劇や映画の作り手の権力に対する「使命」のようなものを感じます。 ところが上映会の後の話し合いでこの映画をそんな風に政治風刺劇として楽しんでいた私は、それがいかにも男性的な見方であることを痛感させられました。 ジェンダーの立場からのこの映画の見方が説明され、会場から出た感想や意見はほとんどが女性でした。 つまり、お茶屋や芸者の扱いと当時実際に作られた米軍高級将校向けの慰安施設と重ね合わせたときに、また、その中で働いた女性たちの現実を知ったときにコメディではすまされない、作り方にも共感できないものがあるということを思い知らされたのです。 こうした古い劇映画を、現在の興味で見なおし、その作り手の意図、ねらいや作られた時代や社会の状況を想像し、それらの映画が、当時の観客にどのように受入れられたのか、それはなぜか、と考えることは、私たちの今の問題を考える上でも役に立つことと思います。 国と国との歴史的な軋轢の時代を見て、知って、感じ取るために映画を見直すこともできます。 たとえば日本軍のアジアへの侵略を描いた映画を、仮にそれが反戦のねらいで作られたものであっても、侵略された側の人びとはそれをどのように見るのかと、考えることもできます。 そのように時代を越えて、見方を変えて、考えさせられる映画はおそらくたくさんあるでしょう。 映画の役割の幅がまた拡がったように思いました。 【スタッフ】 監督:ダニエル・マン 製作:ジャック・カミングス 原作:ヴァーン・スナイダー 原作戯曲:ジョン・パトリック 脚色:ジョン・パトリック 撮影:ジョン・アルトン 音楽監修:ソール・チャップリン 沖縄音楽:Kumiko Kanai 美術:ウィリアム・A・ホーニング Eddie Imazu 振り付け:藤間万三哉 【キャスト】 Sakini:マーロン・ブランド Cap. Mclean:エディ・アルバート Col. Pury:ポール・フォード Mr. Gregovich:ヘンリー・モーガン Mr. Sumata:Minoru Nishida Mr. Hokaida:Kichizaemon Sarumaru Mr.

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イオンシネマ名古屋茶屋 上映スケジュール

映画 茶屋

珍妙な映画でした。 1956年、アメリカ(MGM)製作の劇映画。 沖縄を占領した進駐軍将校と村人たちがまき起こすコメディです。 私がこの映画を見てみたいと思ったのは、当時のアメリカ人(映画の作り手)の見た日本人、オキナワ、占領下の情況というものが、後から作られたドキュメンタリー映画などとは違ったセンスで感じられると思ったからです。 沖縄の地区占領軍隊長パーディー大佐の許に心理戦部隊のフィスビイ大尉(グレン・フォード)が赴任してきた。 彼は、首になりかけた通訳サキニ(マーロン・ブランド)を連れて任地トビキ村に向かった。 彼の仕事は村の人びとに民主主義を根付かせることと学校をつくることである。 村の住民達は、民主主義とはお米に不自由せず、皆が楽しむことと判って大喜び。 大尉は救世主に祭り上げられ、彼の前には贈物の山、その中には美人の芸者ロータス・ブロッサム(京マチ子)もいた。 大尉の意見で村の役員も選ばれた。 ロータスは、大尉が大変気に入ったが、真面目なフィスビイは驚いて逃げ回るばかり。 「民主主義の施行」はどうやら成功したが、学制の改革、学校を作ることはうまくいかず、結局お茶屋を作ることとなった。 (Movie Walkerより一部改変) 沖縄の描き方。 もっと南洋の島のおとぎ話のような村の風情です。 そこに突然現れる京マチ子の「芸者」や「お茶屋」は、戦後の欧米の劇映画に共通するエキゾチシズムとちぐはぐさ。 おそらく外国人が思い浮かべる当時の日本人のイメージなのでしょう。 設定は1946年なのに沖縄戦の影はみじんもありません。 描かれるオキナワの村の人びとは、進駐軍を解放軍としてとらえ「民主主義を教えに来た」という将校を大歓迎で迎えます。 その中に描かれる日本の村人はなかなかにしたたかです。 米軍将校と村人、芸者とのやりとりのちぐはぐさに加えて、マーロン・ブランドの演じた日本人通訳のいい加減な仕事ぶりに笑いのもとがあり、この映画がヒットしたという理由なのでしょう。 皮肉が効いていて十分に可笑しい。 お話の設定、そこで言おうとしていることはよくできていると思い、好感がもてました。 民主主義を日本人に教え、その社会に根付かせていこうと、単身、村の中に入って奮闘する「進駐軍将校」。 それが怪しげな通訳と村人たちによってとんでもない方に転がっていってしまうという話。 米軍、あるいは国の権力者から見たアメリカ軍の「使命」が空回りしているということに対する風刺とシニカルなセリフが効いていて、軍を笑いものにできる、ある意味での健全さを快く思いました。 元々が舞台劇だったといいます。 当時、この劇は欧米では大評判だったそうです。 どういうところを、欧米の人びとはこの映画を見て、快哉を叫んだのでしょうか。 舞台は1953年初演、朝鮮戦争を経て、赤狩り(レッドパージ)の嵐がようやくおさまったとはいえ、冷戦がまだ続いていた時期です。 アメリカ軍のあるいは政権の意図、建前を笑い飛ばすしたたかさを感じます。 そこに、劇や映画の作り手の権力に対する「使命」のようなものを感じます。 ところが上映会の後の話し合いでこの映画をそんな風に政治風刺劇として楽しんでいた私は、それがいかにも男性的な見方であることを痛感させられました。 ジェンダーの立場からのこの映画の見方が説明され、会場から出た感想や意見はほとんどが女性でした。 つまり、お茶屋や芸者の扱いと当時実際に作られた米軍高級将校向けの慰安施設と重ね合わせたときに、また、その中で働いた女性たちの現実を知ったときにコメディではすまされない、作り方にも共感できないものがあるということを思い知らされたのです。 こうした古い劇映画を、現在の興味で見なおし、その作り手の意図、ねらいや作られた時代や社会の状況を想像し、それらの映画が、当時の観客にどのように受入れられたのか、それはなぜか、と考えることは、私たちの今の問題を考える上でも役に立つことと思います。 国と国との歴史的な軋轢の時代を見て、知って、感じ取るために映画を見直すこともできます。 たとえば日本軍のアジアへの侵略を描いた映画を、仮にそれが反戦のねらいで作られたものであっても、侵略された側の人びとはそれをどのように見るのかと、考えることもできます。 そのように時代を越えて、見方を変えて、考えさせられる映画はおそらくたくさんあるでしょう。 映画の役割の幅がまた拡がったように思いました。 【スタッフ】 監督:ダニエル・マン 製作:ジャック・カミングス 原作:ヴァーン・スナイダー 原作戯曲:ジョン・パトリック 脚色:ジョン・パトリック 撮影:ジョン・アルトン 音楽監修:ソール・チャップリン 沖縄音楽:Kumiko Kanai 美術:ウィリアム・A・ホーニング Eddie Imazu 振り付け:藤間万三哉 【キャスト】 Sakini:マーロン・ブランド Cap. Mclean:エディ・アルバート Col. Pury:ポール・フォード Mr. Gregovich:ヘンリー・モーガン Mr. Sumata:Minoru Nishida Mr. Hokaida:Kichizaemon Sarumaru Mr.

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